プロフィール

ゴルゴkage

  • Author:ゴルゴkage
  • お宝作品紹介します。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



訪問履歴



ゴルゴKAGEコレクター
コレクションを紹介するぜ。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「さわやかイレブン」
春の選抜大会にはじめて出場した池田高校は
わずか11人の部員で準優勝を飾ります。
のちに蔦さんはこの大会を「最も印象に残る大会」にあげています。

池田高校が旋風を巻き起こしたこの年の夏の大会から高校野球に金属バットが採用されました。
鋭い金属バット音を山あいのグランドに響かせる池田高校の打線は
いつしか「やまびこ打線」と呼ばれるようになっていきます。
そして日本中をあっと言わせたのが、畠山準(はたやま・ひとし)投手を擁して挑んだ
1982年夏の甲子園。
池田高校の「やまびこ打線」はすさまじいパワーを見せつけます。

この大会では、6試合で通算チーム本塁打7本、85安打など
それまでの大会記録を次々と塗り替えていきました。
準々決勝では早稲田実業の荒木大輔投手に3本のホームランを浴びせ
14対2で圧勝しました。

それまで2度甲子園の決勝に進みながら優勝に届かず
自らを「準決勝の蔦」としていた蔦さんは
決勝戦の朝、選手たちにこう切り出しました。

「私を日本一の監督にしてください」

「攻めダルマ」と呼ばれた蔦さんの采配は、
決勝戦でも変わらず、「やまびこ打線」もその威力をいかんなく発揮、
7連続安打を含む猛攻で古豪広島商業を12対2の大差で下します。

蔦さんは監督就任30年目にして初めて全国の頂点に立ちました。

続く83年春の選抜でも「やまびこ打線」の猛打は
とどまることを知りませんでした。

エースの水野もすべての試合を1点以内におさえる豪腕ぶりを発揮し、
池田高校は無敵の強さで史上4度目の夏春連覇を果たしました。
スポンサーサイト
この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://realkage.blog7.fc2.com/tb.php/52-0676bc0f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。